「ほら、ここ! この植物はシソ科の…」と急にしゃがみ込み、トラノオジソの葉を指さす。ひとしきり説明が終わると、進行方向にちらっと目をやり、再び歩き出す。とある日の友ケ島取材に同行してくださった松浦光次郎さんは、「紀州語り部」に所属する語り部として和歌山市の魅力を伝えている。なかでも友ケ島は、多くの人々に知られざる秘話を伝え続けている、彼にとっていわば「庭」だ。
昭和40年生まれの松浦さんは、新和歌浦駅(当時)と高津子山山頂を結んでいた「新和歌ロープウェイ」で勤務していた。その際、年配の方々が携わっている語り部の仕事に興味を持ち、和歌山市観光課に相談。平成9年に語り部としてデビューした。
「和歌山市での語り部の仕事は、まず和歌山城からスタートします。最初やから、わからない事も多くて、休みの日は図書館で資料を集めて勉強していましたわ。当時の語り部は60歳以上の方がほとんどで、32歳だった僕が一番若かった。先輩方からは資料に載ってないようなエピソードも現場でたくさん教わり、とにかく場数を踏んだ。今の自分があるのは皆さんのおかげやと思ってます」。
松浦さんはやがて観光関連の仕事に携わることになり、和歌山市の成り立ちや観光についてますます知識を深めていく。そして平成14年からは、友ケ島でも語り部の活動を始めた。友ヶ島を巡る基本コースは、桟橋を出発し第3砲台跡、タカノス山展望台から友ケ島灯台、第2砲台跡をのんびり歩き、桟橋へと戻るルート。友ヶ島の歴史を軸に、町では見かけない珍しい植物についてなどの軽妙な語りは、疲れた心身に効果てきめんだ。
「友ヶ島は自然の宝庫やね。和歌山市になくなりつつある自然や動植物が島にはコンパクトに詰まっている。観光客の皆さんにはそういうところも感じてもらえるようにお話するよ」。
語り部を続けていて、忘れられない思い出がある。戦時中に島内の海軍聴音所に勤務されていた方との出会いだ。
「僕を取り上げてくれたテレビ番組を観て連絡をいただきました。後日、大阪在住のその方とお会いして、話をうかがい『レシーバーから船のスクリュー音や魚の鳴き声が聴こえてくる』というエピソードに驚きましたね」。
その辺りの話は、松浦さんの著作『紀淡海峡に浮かぶ「友ヶ島」』に書かれている。同書は、宿泊施設「休暇村紀州加太」(和歌山市深山)で販売されているほか、和歌山市内の図書館にもあるので興味のある方は手に取ってみてはいかがだろう。松浦さんが友ヶ島に何度も通い、島で出会った人々から聞いたことなどもまとめた貴重な文献だ。
現在も月に2、3度、ツアーや個人での観光客を友ヶ島に案内するほか、依頼があれば、和歌山城から本町の中心部や和歌浦、紀三井寺など和歌山市内の主要観光地をナビゲートしている。
「和歌山市の魅力は、海、山、川全てが揃っていること。お客さんと自分も楽しんで、喜んで帰ってもらうのが1日の成果だと感じてます。個人のお客さんも受け付けているので、いつでもゆうてください!」。